いっその事。
自分から言ってしまおうか。
この秘密。
いつかばれて、嫌われてしまうなら。
自分から言って、さっさと嫌われてしまった方が楽なんじゃないだろうか。
そうすればもう優しくされなくなる。
罪悪感を感じなくてすむ。
何より、自分に優しくする事であの人の評判が落ちる危険もなくなる。
「うん、それが一番だってばよ」
散々考え込んで、ナルトはようやく結論を出した。
カカシに言ってしまおう。
自分の秘密を。
そして、自分にとってソラはどういう存在なのかを。
「あー。でもそしたらリクにも迷惑かかるかも知んないってばよ」
つぶやいて、リクの顔を思い浮かべる。
ソラはともかく、リクには迷惑をかけたくない。
しかし、秘密を話すという事は。
ソラだけでなく、リクの事にも触れずにはいられなくなるだろう。
「うーん。とりあえずシカマルに相談してみるってばよ……」
ナルトはそうつぶやいて家を出た。
シカマルは、ナルトの秘密を知っている。
全て知った上で、ナルトを仲間として見てくれている。
貴重な存在だった。
どうしてシカマルには秘密をばらす事ができたのか。
それは。
シカマルも、ナルトと同じく秘密を抱えていたからだ。
全く同じとまではいかないものの、共有するには充分な秘密。
お互いに秘密を打ち明け、そして共有した。
そんなシカマルなら「めんどくせぇ」と言いつつも相談に乗ってくれるだろうし、的確なアドバイスもくれるだろう。
シカマル宅へ向かいながら何から話すか考える。
どうしてシカマルに相談したいのか。
簡単に言ってしまえば、それは自分の弱さ。
秘密を共有しているシカマルは、ナルトの強い部分も弱い部分も全部わかってくれている筈だから。
本当は、他人に弱音を吐く事なんてしたくないのだけど、してはいけないと思うのだけど、シカマルは唯一それができる仲間だから。
誰かに話したくて、けれど話してはならないような事。
そんな事でも、シカマルになら話せる。
シカマルは、ナルトにとって逃げ場所なのだ。
「ああ?カカシ上忍に秘密を話す?」
胡散臭そうな目がナルトを見た。
「うん。優しくされてんのが、もうすっげーいたたまれなくてさ。さっさと話したほうがいいかなーって」
「話して、さっさと嫌われようってか?」
「うん。その方がお互いのためかなって思うってばよ」
「嫌われたいのか?」
「んな事ないってばよ。ただ、秘密を話したら好かれるなんてあり得ねーし。いつかばれて嫌われるよりは、自分からばらした方がいいかなーって思ってさ」
「そうか……」
ナルトの言葉に、シカマルは難しい顔で考え込む。
「たださ、俺がカカシ先生に秘密を話すと、ソラと仲良しのリクにもとばっちりがくるかも知んねーの」
「かも、じゃなくて確実にくるだろうな。その流れで俺にもくるな。それにカカシ上忍にばれると、他の上忍連中にもばれるだろ。ついでに中忍の連中にもな……」
シカマルは大きなため息をついた。
そうなるとかなりやっかいな事になるかも知れない。
「あ、やっぱり?それじゃ話さない方がいいかな」
ナルトは困ったような笑みを浮かべた。
シカマルに迷惑がかかるのなら、やはり言わないほうがいいのかも知れない。
自分のわがままでシカマルの秘密までばれるような事になったら、シカマルに申し訳ない。
「秘密を共有した時点で一蓮托生だろ。運命共同体っつーの?だからまあ、俺の事は気にすんな。リクの事も大丈夫だ」
そんなナルトを見て、シカマルはそう言ってナルトの肩をぽんと叩く。
一蓮托生。運命共同体。
シカマルは、ナルトと秘密を共有した時から心に決めていた事がある。
自分のわがままよりも仲間の気持ちを優先させるナルトの為に。
ナルトが秘密をカカシに話すと決めたのなら、それを止めたりはしない。
それがどんな結果をもたらしたとしてもだ。
ナルトはいつもシカマルの気持ちを優先させようとする。
だからシカマルは、いつだってナルトの気持ちを優先させようと決めたのだ。
「ありがとってばよ」
そんなシカマルの気持ちがわかったのか、ナルトは柔らかな笑みを浮かべる。
その笑みに、シカマルは頬を赤くした。
「で、いつ話すんだ?」
「明日の任務が終わってからかな」
「そうか」
「んでカカシ先生、ソラの事知ってるんだってばよ」
「そりゃまあ、知ってるだろうな」
シカマルはそう言って頭をぽりぽりとかく。
「でもってカカシ先生さ、ソラの事嫌いみたいなんだ」
「そうなのか?」
「うん。だから俺の秘密を話したら、絶対に俺の事も嫌いになるってばよ」
ナルトはそう言って寂しげな笑みを浮かべた。
シカマルはそんなナルトを見て、何も言わず辛そうに顔を歪める。
そしてまたぽりぽりと頭をかいた。
シカマル宅を後にしたナルトは、散歩でもしようかと森に向かった。
ずっと重かった心が、少しだけ軽くなった気がする。
カカシに嫌われるのは辛いが、仕方ない。
きっと、かなり落ち込むだろう。
でも、秘密を知った上で仲間として見てくれるシカマルがいる。
それだけで充分だと思う。
それ以上の事を望んではいけないと思った。
「秘密を話したら、カカシ先生どんな顔するだろうなー」
森の奥、少し開けた所に到着する。
大きな木の根元に横になり、空を見上げた。
初夏の空は青く澄んでいて眩しい。
「どっちにしても、間違いなく嫌われるってばよ……」
空を見上げたまま大きなため息をついた。
嫌われるのは仕方ない事だ。
秘密を知ったカカシは、これまで通りに接してはくれなくなるだろう。
結果的に、7班にいられなくなる可能性も出てくる。
それは嫌だった。
嫌だけど。
でも、話すなら早い方がいい。
例え7班にいられなくなったとしても。
皆の前から姿を消さなければならなくなったとしても。
「悩んでても仕方ないってばよ!男は当たって砕ける!」
ナルトは自分に喝を入れると、勢い良く起き上がった。
そして更に森の奥へ向かう。
しばらく行くと、さきほど横になっていた大木よりももっと大きな木があった。
木漏れ日も優しく降り注いでいる。
ここで昼寝でもしようかと思いながら大きな木を見上げた。
聞こえるのは鳥と虫の声だけだ。
何もおかしな所はない。
しかし、どこか木を取り巻く空気が違う気がした。
「……誰かいんの?」
怪訝そうに首を傾げ、大きな木に向かって声をかける。
正確には大きな木の裏側。
そして。
音もなくナルトの前に現れたのは。
「何だシノか。びっくりさせんなってばよ。シノの気配ってわかんねー」
少し警戒していたナルトは、現れたのがシノだとわかってほっと息を吐いた。
シノは何も言わず、ナルトを観察している。
サングラスと襟の高い服のせいで表情は読みにくい。
ナルトは眉をしかめてシノを見つめた。
「シノ?」
「……違和感が」
「は?」
「今のお前に、違和感を覚えた」
シノは静かにそう言った。
「違和感って何だってばよ」
「上手く説明できない」
相変らず眉をしかめるナルトに、シノは静かに答える。
ナルトは小さくため息をついた。
シノは他の同期と比べて大人びている。
勘も鋭い。
もしかしたら秘密に気付きつつあるのかも知れない。
嫌うだろうか。
秘密を打ち明けたら、嫌われるだろうか。
今だって好かれているとは思わない。
だが、嫌われてはいないと思う。
シノの事はけっこう好きだ。
秘密を共有しているシカマルとも違う安心感がある。
一緒に居て、落ち着ける存在。
でも、もし秘密を知ったら。
シノが感じたという違和感は、嫌悪感に取って変わったりするのだろうか。
ナルトが考え事に耽っている間にも、シノはゆっくりとナルトに近付き。
そしてナルトの頭を軽くぽふっと叩いた。
「必要以上に追及はしない」
シノはそう言うと、ゆっくりと木の根元に腰を下ろした。
ナルトは肩をすくめて、そんなシノの横に座り込む。
話してみようかな。
シノならもしかしたら。
シカマルみたいに、受け入れてくれるかも。
そんな思いに駆られる。
「あのさ……」
「何だ」
「俺ってば、誰にも言えない秘密があるんだってばよ」
ナルトは小さな声でつぶやくように言った。
多分、言わないほうがいいとは思う。
それでも、シノなら無言で受け入れてくれるような気がして。
気にするな、と言って頭をぽふっと叩いてくれる気がして。
言ってみようかな、という思いが込み上げて。
「秘密か」
シノは静かにナルトを見つめる。
誰にだって、人に言えない秘密のひとつやふたつはあるだろう。
それでも。
この子の抱える秘密は、そんなレベルのものではない気がして。
きっと、知ってはいけないのだと思う。
知らないほうがいいのだと思う。
それでも知りたいと思った。
「俺の事嫌いになるような秘密だってばよ」
「一体、どんな秘密なんだ?」
ナルトの言葉にシノは眉をしかめた。
はっきり言うと、ナルトの事は嫌いではない。
それどころか、かなり好きだ。
元気な姿は見ているこちらも元気になるし、満面の笑顔は見ているだけで幸せになる。
それを嫌いになるような秘密とは。
「う〜……やっぱ、今はまだ言えないってばよ。ごめんな。バイバイっ」
ナルトはそう言って元気良く立ち上がる。
そしてシノが何かを言う前に走り去ってしまった。
「聞いても多分、嫌いにはならないと思うんだが……」
シノはナルトの後姿が見えなくなってから、ぼそりとつぶやく。
それにしても。
気配を消して近付いたあの時。
上忍の父にも読みにくいと言われる自分の気配。
確かに、気付いてはいなかったようだが。
シノは先ほどの違和感を思い出した。
ナルトの言った。
“シノの気配ってわかんねー”
あの言葉。
どうしてかわからない。
しかし、あの言葉に何故か違和感を覚えた。
他の仲間の気配ならわかる、とも取れる言葉だ。
「考えてもわからないか……」
ため息をつく。
そう。
どうせ、考えてもわからない。
そう思いながらゆっくりと立ち上がると、シノも帰路へついた。
翌日。
ナルトのいる7班は相変らずのDランク任務。
そしてカカシは。
やはり相変らずナルトに優しく接してきて。
居たたまれない思いで一杯のナルトだが拒否する事ができる筈もなく。
何故かやたらと突っかかってくるサスケに食傷気味だった。
そのサスケの態度がカカシに対する嫉妬からくるものだなんて、ナルトは欠片ほども気付いてはいなかった。
もちろん、サスケが自分に好意を持っているなど、ナルトは夢にも思っていない。
今日はナルトにとって、今後の事が決まる日。
サスケといちいち喧嘩している余裕などなかった。
カカシに秘密を打ち明けるという、大仕事が待っているのだ。
どんな態度を取られても傷つかないように。
どんな言葉を言われても泣かないように。
どんな目で見られても平気なように。
ありとあらゆる場面を予想して、どんなダメージを受けても大丈夫なように覚悟を決める。
そんな調子で余裕のなかったナルトは、やはり今日の任務もサスケに出し抜かれ。
ドベだウスラトンカチだと突っかかってくるサスケに、言い返す余裕もやはりなかったのだが。
「今日はここまで〜。明日もいつもの場所に集合な。それじゃ解散!」
カカシの号令で任務は終了し、解散となった。
サスケはいつものように何か言いたげな様子でナルトを見ていたが、結局何も言わずに帰路につく。
それをいつものようにサクラが追いかけ。
いつものようにナルトとカカシがその場に残された。
「ナルトは帰んないの?」
カカシはいつまでも帰ろうとしないナルトの顔を覗き込んだ。
「先生、俺、大事な話があんだけど」
「大事な話?」
「早い内に話しておかなきゃって思って。これ以上先生を騙してんの辛いから」
ナルトは、膝を折って視線を合わせてくれているカカシを見つめる。
カカシはわずかに目を見開いた。
「この前言ってた事?」
「うん」
「お前さ、一体どんな秘密を抱えてる訳?俺を騙してるってどういう事?」
真剣な顔のナルトを見て、カカシは眉を寄せる。
例えどんな秘密を抱えていたって、それを受け入れるくらいの覚悟はあった。
それでも、あの時のナルトの確信めいた言動が引っかかって。
心は常に揺れ動く。
もしこれが他の誰かだったなら、ここまで揺れる事はないというくらいに。
揺れ動いても、嫌いになる事などありえないと思うのだが。
「俺と、ソラの関係。先生、知らないだろ?」
ナルトはカカシから目を逸らして、つぶやくようにそう言った。
「ソラとナルトの関係……」
カカシは一番想像したくない事を想像する。
もしかしたらソラとナルトの関係は。
ありえないとは思うが、恋人同士だったりするのだろうか。
「先生さ、ソラの事嫌ってる?」
嫌な想像をしていたら、ナルトが顔を覗き込んだ。
カカシはナルトがどうしてそんな事を訊くのか理解できない。
「ん〜、嫌いかも」
「何で?先生、ソラとは話したことないじゃん」
ナルトは小首を傾げてカカシを見た。
どうしてナルトがそれを知っているんだ、と疑問に思いつつ。
「上忍の詰め所でさ、ソラがナルトの事悪く言ってるの聞いちゃったから」
カカシがそう答えると。
「ソラが俺の事、悪く言ってた?」
ナルトは驚きに目を丸くした。
信じられないとでも言うように。
「ナルトの事ね、好きになる権利も好かれる権利もないって言ってたよ?それ聞いて、先生すっごく腹立ったのよ。だからソラの事、少なくとも好きにはなれないよ」
カカシは少し辛そうにそう言った。
ソラとナルトの関係が、カカシが想像するものだとしたら。
この事はナルトをかなり傷つけるだろうと思ったからだ。
「そっか……」
しかしナルトは納得したような顔でうなずく。
「それで?ナルトとソラは、どういう関係なの?」
「俺とソラは……」
顔を覗き込まれ、ナルトは口ごもった。
カカシは黙ってそんなナルトを見つめる。
しばらく黙った後、ナルトは決心したようにカカシを見た。
「ソラは俺にとって必要な存在だってばよ。でも、ソラがいる限り、俺ってば皆を騙し続けてる事になる」
「……どういう事?」
前半は理解できた。
別に理解したくもない内容だったが、一応理解できた。
だが後半の言葉が理解できない。
カカシは首を傾げた。
あの時、ナルトにソラの事を訊いた時に感じた違和感。
再びその違和感を感じた。
そして、アスマの言葉を思い出す。
“自分の事を卑下して言うならまだしも――”
「ナルト、もしかしてソラって……」
信じられない思いに駆られながらも、ナルトを見つめる。
ナルトはカカシの考えた事がわかったのか、泣きそうな顔になった。
それでも決して泣く事はなく、覚悟を決めた眼差しで唇を噛み締める。
「もしかして、ソラって、お前なの……?」
カカシの口から決定的な言葉が放たれた。
言った本人ですら、まだ信じられないという様子だ。
嘘であってほしいと思っているのかも知れない。
しかし。
ナルトは必死で唇を噛み締め、カカシから目を逸らす事無く、ゆっくりとうなずいた。
「……そう、だってばよ」
そして泣きそうな低い声で、カカシの言葉を肯定する。
「そ、っか……」
「だからもう、俺なんかに優しくしないでほしいってばよ。俺、人を好きになる権利も好かれる権利もないから」
力が抜けたように呆然とするカカシに、ナルトは悲痛な声で言った。
これで嫌われる。
それどころか、憎まれるかも知れない。
もう、7班にはいられない。
ナルトはそう思いながらきびすを返した。
ところが。
逃げる間もなく後ろからカカシに抱きすくめられていた。
「カカシ先生?」
ナルトはどうしてカカシがそんな行動に出たのか理解できない。
しかし、カカシはその問いに答える事無く、しばらくそのままナルトを抱き締めていた。