これは一体、どういう事?
俺は思わず抱き締めてしまったナルトをそのままに、しばらく考え込んでいた。
ソラがナルトで、ナルトがソラで?
って事は。
意外性ナンバーワン、ドベのドタバタ忍者なのはナルトの演技で。
本当のナルトはソラという上忍の姿で暗部にいる、凄腕の忍者。
つまり。
ドベのふりをして、俺たち皆を騙してたって事?
ああ、そうか。
だからナルトはあそこまで確信めいた言い方で「絶対に後悔する」なんて言ってたのか。
そして今。
嫌われると確信しているナルトは、俺の腕の中で微かに震えていた。
本当は嫌われたくないって事だよね?
だけど、騙し続ける事に耐えられなくなって、それで話してくれたって事だよね。
「カカシ先生、離してってばよ」
ナルトは、全てを諦めたような、感情の欠如した声で懇願する。
「嫌」
俺は一言で却下して、そのまま抱き締める腕の力を強めた。
ここで離したら、もう二度と俺の前には現れない気がしてしまって。
実際、皆の前から消える気でいるんだろう。
「何で?」
俺が離さないから、ナルトは体を捻って俺を見る。
その目は信じられないといった感じで見開かれていて。
「何でって言われてもなあ。だって今離したら、ナルトどっか行っちゃうでしょ?皆の前から消えるつもりデショ」
ま、この里を出る事はないだろうけど、存在を消して暗部としてのみ生きるつもりでいる筈だよね。
「なっ、何でわかるんだってばよ!?」
俺の言葉に、ナルトは心底びっくりしたって顔で訊き返してきた。
やっぱりね。
皆の前から……俺の前から姿消すつもりだったんだ。
でもね。
そんな事させなーいよ?
する必要もないしね?
「ナルト優しいから。何考えてるかなんてお見通しだよ?」
にっこり笑ってそう言ってやると。
「だって、それが一番だってばよ。ずっと皆を騙してたんだから当然だろ?」
ナルトは困った顔でそう言った。
どうしてそんな事思うんだろうね。
「それって、騙してたんじゃなくて、隠してたって言うんだよ」
それを、騙してるって思って、裏切り行為だって思って、耐えられなかったんでしょ。
馬鹿だよナルト。
「けど……っ」
「お前の実力がばれたくらいで嫌いになるような奴、いないと思うよ?」
もしいたとしても、そんな奴ら放っておけばいいじゃない。
ていうかさ。
ソラがナルトって事はさ、やっぱりあれだよね。
だって。
ソラとリクの素性は、最重要機密扱いなんだよ?
だったらやっぱり、あれだよね。
「ねえ、ソラの正体がナルトって事はやっぱ、リクの正体はシカマルな訳?」
「……うん」
俺が訊くと、ナルトは渋々うなずいた。
ああ、やっぱり。
よく考えたらそうだよな。
ナルトとシカマルは仲が良い。
そしてソラとリクはいつも一緒にいる。
ソラがナルトでリクがシカマルなら当然だよな。
あと、シカマルとリクの額当ての着け方。
シカマルがリクを意識して、とかそういうのじゃなくて。
単にいつもと同じ着け方にしてたってだけの事。
それともうひとつ。
「ソラってさ、お前が変化した姿でしょ?何で髪の色、銀色にしてんの?」
俺は少しだけ腕の力を緩めて、ナルトに訊いた。
普通、変装の一環で変化する時は髪とか目の色は目立たない色にするもんだからね。
それを俺と同じような銀髪にするなんてさ。
すると、ナルトは急に真っ赤になる。
え?
ええっ?
何だか凄くいい反応?
「もしかしてナルト……」
「カカシ先生の事好きだからっ」
ナルトは叫ぶようにそう言うと、俺の腕の中から抜け出した。
耳まで真っ赤にして。
俺の顔色を伺うように見上げると。
「だから変化してる時くらい、好きな人と同じ部分を持ってみたかったんだってばよ……」
視線を逸らしてから、消えるような声でそうつぶやく。
俺の“もしかして”はどうやら当たってたようだ。
ソラの髪は俺を意識したものだったなんてさ。
何だか俺、自惚れちゃいそうだよ。
「あ、今の忘れてってばよ。言うつもりじゃなかったからっ」
ナルトは焦った様子で両手をぶんぶん振る。
言うつもりじゃなかったって……年齢とか性別とか気にしてたから?
腹に抱えるモノのせいで言えなかった?
それとも、皆を騙してるって思ってたからかな。
どちらにしても、知られたら嫌われるって思ってたって事でしょ。
知られたくない事を2つも抱えて、ずっと苦しんでたんだね。
ようやくわかったよ。
あの時のソラが、どうしてあんな苦しそうな顔してたのか。
ここはひとつ、安心させてやらなきゃね。
「俺もナルトの事好きだよ?」
逃げようとするナルトの背中に声をかける。
ナルトの肩がぴくりと震えた。
「……何で?」
「何でって何が?」
「何でそんな事言えるんだってばよ?俺、ずっと先生の事騙してたのにさ」
「だからそれは騙してたんじゃなくて、隠してただけでしょ?実力がばれると色々とやっかいだから隠してたって事くらい、わかるよ?」
俺が優しくそう言うとナルトはゆっくり振り向いた。
お前は何も悪くないんだから。
だからさ。
自分は人を好きになる権利も好かれる権利もない、なんて事思わないでよ。
自分を卑下しちゃわないでよ。
お前を好きな奴、かなり多いんだから。
だから、そういう事で悩んだり苦しんだりしなくていいから。
俺の前から消えたりしないでよ?
俺が伝えると。
「……ありがとってばよ」
ナルトは今までに見せた事のないような嬉しそうな笑みを浮かべた。
どうしてお前はそこまで純粋でいられるんだろうな。
暗部にいるんだから任務で大勢の人間を殺してる筈なのに、どうしてそんなに綺麗なんだろう。
スレてひねくれて、里中を憎んでもおかしくない環境にいるのに。
本気になれば里を潰すくらいの実力だって持ってるのに。
なのに、純粋に里を愛してくれてるんだよね。
里は決してお前に優しくなんかないのに。
「く〜っ、可愛いよお前!」
俺は思わずナルトを力一杯抱き締めていた。
「カ、カカシ先生っ」
ナルトは焦って逃げようとするけど。
「俺は、どんなナルトでも好きだよ」
耳元でそう言うと。
ナルトは抵抗を止めた。
「でも、俺と一緒にいると、先生や他の皆も里の人から嫌な目で見られるってばよ?」
そして戸惑いがちにそう言う。
ほんとにお前、優しいねえ。
俺たちが里人からどんな目で見られようと、お前が気にする必要なんてないのに。
間違ってるのは里の連中なんだからさ。
お前は堂々と、自分の道を進めばいいんだよ。
「ああもうっ、ほんと可愛い!」
俺はやっぱりナルトを抱き締めた。
だって小さくてあったかくて、抱き心地最高だよ?
アスマにもシカマルにも、他のナルト狙いのどんな奴らにも渡さないよ?
こんなちっちゃな体に凄い力を秘めてて、色んな大変な物を背負ってて、それでも純粋さを失くさないで生きてる姿。
誰もが惹かれる、誰もが虜にされるその姿。
本当はね、独り占めにして誰にも見せたくないんだよ。
見せびらかしたいタイプじゃなくて。
大切に仕舞い込んで独り占めしたいタイプ。
そんな事を思っていると。
背中にどこからともなく突き刺さる殺気。
……アスマだな。
「何なのよ」
振り向くと、そこにはやっぱりアスマがいた。
しかもかなり怒ってる?
額に血管が浮いて、頬がぴくぴくしてるぞ。
「何こんな道のど真ん中で破廉恥な事してんだ」
アスマは殺気立った顔で俺を睨んでそう言う。
破廉恥って。
ていうかこの殺気。
俺が抱き締めてるのがナルトだからでしょ。
サスケやサクラだったら、殺気ぶつける前に無視してるでしょ。
わかりやすい奴だねえ。
「あのねえ。一体どこが破廉恥なのさ。可愛い部下を抱き締めてるだけでしょ?」
「だから何でこんな道のど真ん中でそんな事してんだって訊いてんだよ」
「そりゃ、ナルトが俺の事好きって言ってくれたからに決まってるでしょ。これが抱き締めないでいられるかっての。ね〜、ナルト」
俺がナルトを抱き締めたまま言うと。
ナルトは焦って俺の腕の中で身じろいだ。
きっとアスマに何か嫌な事言われると思ったんだろう。
だけど。
俺の言葉を聞いたアスマはくわえ煙草をぽろりと落とした。
そりゃもう、これがほんとに上忍かって言いたくなるような呆然とした顔で。
ま、そうだよな。
アスマもナルトに懸想してんだもんな。
これで失恋決定って事だもんな。
「……うずまき。こいつの言った事は本当か?」
「……本当だってばよ」
アスマに訊かれ、ナルトはうつむきながらもはっきりとうなずいた。
「な、本当だっただろ?」
俺はにっこりと笑ってみせる。
アスマは大きくため息をついた。
「ふん、このくれえじゃ諦めねえよ」
「ちっ」
「何舌打ちしてんだよ」
アスマがじろりと睨む。
諦めの悪い男は嫌われるってのにねえ。
ナルトは何の事だかさっぱりといった感じ。
ほんとお前って、好意には鈍いよなあ。
ま、そこがいい所でもあるんだけど。
「あのさ、アスマ先生」
「ん?何だうずまき」
「アスマ先生にも言っておかなきゃいけない事があるんだってばよ」
ナルトは俺の腕を解くと、ためらいがちにアスマに近付く。
そしてアスマの顔を見上げた。
やばいよナルト。
そんな上目遣いでアスマを見つめたら。
ほら、アスマの奴、赤面してるじゃないの。
「言っておかなきゃいけねえ事?」
「うん。俺さ、今まで黙ってたけど……」
ナルトはぽつぽつと話し始めた。
話を聞いていく内にアスマの表情が驚きに変わっていく。
そして話を聞き終える頃には。
アスマは再びぽかんと呆けた顔になっていた。
「ソラの正体がうずまき?」
「うん」
「って事はあれか?もしかしてリクの正体はシカマルだなんて言うのか?」
アスマはナルトの顔を覗き込む。
やっぱこいつ鋭いねえ。
ていうか、ナルトの正体よりもそっちが気になるのかよ。
俺は内心でツッコミを入れた。
そして、顔を覗き込まれたナルトは。
ためらいながらも、こくりとうなずいた。
アスマはまたため息をつく。
「なあカカシ」
「ん?何よ」
「お前、恋敵多すぎるぜ」
「そりゃもう、嫌ってほど実感してるよ。お前も恋敵だしさ」
アスマの言葉に俺もため息をついた。
「へ?」
それを聞いたナルトが目を丸くする。
「あー」
アスマは困ったように頭をかいた。
「どういう事だってばよ?」
「だからな、俺もシカマルも、うずまきの事が好きなんだよ」
「ん、シカマルからは言われた事あるってばよ。アスマ先生も?」
「ああ、まあそういう事だ」
ナルトに訊かれ、アスマは決まり悪そうにうなずく。
それよりも聞き捨てならないセリフを聞いた気がするんだけど。
シカマルって既にナルトに告白してた訳?
ま、ナルトは俺を好きって言ってるんだからシカマルは振られたんだろうけどさ?
そんな事を考えてると。
「何で俺?」
ナルトは理解できないといった顔でアスマを見る。
どうして自分なんかが好かれるのかわかんないって感じ?
だからお前、自分を卑下しすぎだよ。
もっと、自信も自覚も持った方がいいよ。
じゃないと俺が困るしさ?
なんて思ってる間に、アスマがナルトに何やら話していた。
「うずまき、お前な、もっと自信を持て。お前が思ってるほど、お前を嫌ってる奴はいねえよ」
真剣な顔でナルトに言っている。
「そう、なのかな?俺ってば、嫌われ者だってばよ?街に行けばみんな俺の事、汚い物見るような目で見るし。店に入っても追い出される事あるし」
ナルトは、でも、そう言ってうつむいた。
だからこんな自分が誰かに好かれるなんてありえない。
そう思ってるんだろう。
「あのな、うずまき。確かに里の連中は、お前と九尾を同一視して憎んでる。けどそれは間違ってるって事、わかってるだろ?」
「……うん」
「わかってても、お前はそれを文句ひとつ言わずに受け入れてる。憎まれても、この里を愛してる。それができるって事は、凄く綺麗な心を持ってるって事だ。そして俺たちは、お前がそんな心の持ち主だって知ってる」
アスマは畳み掛けるように言った。
あーあ。ほんとなら俺がその言葉を与える筈だったのに。
ま、ここはアスマに花持たせてやりますか。
「いつだか、ソラになってる時に言ってたよな。自分は人を好きになる権利も好かれる権利もないって」
「うん」
「そんな事考える必要なんざねえんだ。好かれれば素直に喜べばいい。好きな奴には素直に好きだと言えばいい。結果がどうであれ、権利は誰にでも平等にある。好きになる権利があるって事は、好かれる権利だってあるって事だ」
アスマは優しい笑みを浮かべて、ナルトの頭をくしゃりと撫でた。
ナルト、泣きそうだね?
嬉しいんだよね。
「ナルト」
俺は優しく名前を呼んだ。
泣きそうな顔で、ナルトが俺を見上げる。
「嬉しい時は泣いていいんだよ?」
俺が優しくそう言うと。
ナルトは、泣きそうなくらいの嬉しそうな顔で。
笑った。
「ありがとうってばよ!」
ああ、もういつものナルトだね。
良かった。
「ところでうずまき」
「何?アスマ先生」
「その、だな。俺やカカシの前では、本当のお前でいていいんだぞ?」
アスマが照れたように言った。
確かにそうだな。
俺や、悔しいけどアスマの前ではドベを演じる必要はない訳だ。
「えっと……?」
意味がわからないのか、ナルトは困ったような顔になる。
「俺たちの前では、演技はしなくてもいいって事だよ?」
わかりやすく言うと。
「俺、実力は隠してたけど演技はしてないってばよ?」
ナルトはそう言ってことりと首を傾げた。
うっ。
可愛いよ。
可愛すぎるよ。
けど。
「するってえと、そのしゃべり方は演技じゃないって事か?ソラの時は普通にしゃべってたよな?」
アスマが眉を寄せる。
「ソラの時のが演技だってばよ。あんなしゃべり方、すっげー苦手だもん。ついいつものしゃべり方が出そうになって、リクに叱られるしさ」
ナルトはそう言って唇を尖らせた。
ドベのふりをしてても、それ以外はありのままでいたって事?
ソラの時は、実力は本当でそれ以外は演技だったって事?
何だかややこしい事してるんだね。
俺がぼそりとつぶやくと。
「もう慣れたってばよ」
ナルトはそう言って肩をすくめた。
確かに実力は暗部でも、目の前のナルトはごく普通の子供で。
実際、年齢的にも肉体的にも子供な12歳。
平均よりちょっと小柄ではあるけど、確かに12歳に間違いはなくて。
普通に考えればそうだよな。
ソラの時が素だなんて言われたら、そっちの方が嫌かも。
「で。これからどうすんだ?他の連中にもバラすのか?」
アスマが訊いた。
ナルトは少し考えて。
「ソラと任務した事ある上忍や中忍の皆には話すつもりだってばよ」
うなずいてそう言った。
「いいの?」
俺が訊くと。
「嫌われるだろうけど、仕方ないってばよ」
ナルトは寂しげな顔で笑う。
だからそれはありえないって。
それよりもライバルが増えそうで……いや、確実に増えるから嫌なんだけど。
「リクの正体もバラす訳?」
俺が訊くと。
ナルトはまたもうなずいた。
「リクと……シカマルと俺は運命共同体だってばよ」
そして嬉しそうにそう言う。
むか。
それってちょっと、いやかなり気に入らないんですけど。
むかついてると、アスマも同じ事を思ったらしい。
「最大のライバルはお前よりもシカマルだな」
なんて言ってきやがった。
「何でシカマルなのさ。ナルトは俺の事好きだって言ったんだよ?」
「シカマルは親友だってばよ?」
俺とアスマの言い合いの理由がわからないナルトが、首を傾げながら俺たちを見る。
「ほら。どう見てもお前が分が悪いじゃないの」
「だから諦めねえって言ってんだろ」
「諦めなって」
「誰が諦めるかよ」
「えっと、何の話し?」
ナルトは相変らず首を傾げている。
「うずまき。さっきも言ったが、俺はお前が好きだ」
「アスマ先生、本気だった?」
「当たり前だろ。カカシと同じ種類の好きだ」
「アスマ先生……」
ナルトは目を丸くした。
「お前がカカシを好きな事はわかった。けどな、諦める気はねえぞ」
照れた顔になってアスマはそう言って頭をかく。
最後の一言だけいらないんだけど。
そしてナルトは。
「嬉しいってばよ。ありがと!」
満面の笑みでアスマに抱きついた。
ええ〜っ!?
ちょっと待ってよ。
何でそこでそういう反応?
普通なら“俺ってば、やっぱカカシ先生の事が好きだから……”とか言ってアスマを振るとこでしょ。
「どうやら俺にも分があるようだぜ?」
アスマはそう言ってにやりと笑った。
……前途多難だな。
横から攫われないように気をつけなきゃ。
俺は今後の展開を考えて、大きなため息をついた。
その横ではアスマがにやにやと笑い、未だにいまいちわかっていないナルトが俺を見つめていた。
でもまあ、ナルトが俺を好きってのは嘘じゃないし。
今はそれで満足しときますか。
今は、ね。
終。