可愛い部下のさ、悪口言われたらどうする?
俺の部下にちょっといわくつきの子供がいるんだ。
里の大人たちから疎まれちゃってる、蒼い目をした金色の髪の子。
勘違いも甚だしい迫害を受けても周囲を恨む事もなく、自分の境遇を悲観して卑屈になる事もなく、純粋に真っ直ぐな笑顔でそれを乗り切ってる健気な子。
傷つかない訳はないのに、いつでも笑顔で、傷ついてる事なんて誰にも気付かせない。
周りの子供達は、あの子が傷ついてるって事に気付いてない。
大人たちに傷つけられてる事を知らない。
その笑顔が、本心を隠す為の仮面だって事にも気付いてない。
ドベで元気で騒がしいドタバタ忍者だと、誰もが信じて疑わない。
誰もが、あの姿に騙される。
見てるこっちが痛くなる。
哀しくなってしまう。
そして、こっちがそんな風に思っている事さえも知っていて。
傷つけられる事以上に、哀れみを向けられる事を嫌う子。
自分が傷つく事よりも他人が傷つく事を嫌う子。
とても強くて、優しくて、哀しくて、とても繊細な子。
今、俺が一番気にかけてる部下だよ?
その部下のね、悪口言ってんだよ。
アイツ。
聞くつもりなんてなかったよ。
聞きたくもなかったしね。
けどね、聞こえちゃったんだよ。
はっきり言って胸くそ悪いよ。
暗殺戦術特殊部隊――暗部に所属してるエリートだか何だか知らないけど。
愛しいあの子の悪口言った罪は万死に値するよ?
ソラって言ったっけ。
アイツの名前。
知り合いって程じゃないけど、面識はある。
この間、久々に上忍の任務があった。
暗部の任務を上忍の俺が手伝ったってとこかな。
任務は4人で、暗部2名に俺とアスマ。
本当は暗部だけで行う任務らしいんだけど、暗部も人手不足らしい。
任務内容はSランクの暗殺任務。
その任務で組んだ暗部の1人がソラだった。
もう1人はリクって奴。
任務の時は、暗部の2人がソラとリクだって事は知らなかった。
暗部は原則として、外部には一切の素性を公表しないからね。
ソラは“銀色”と名乗ってたし、リクは“黒”って名乗ってたし。
だから、『人生色々』で上忍としての2人は何度か見かけた事あったけど、暗部に所属してるってのは初耳だった。
ソラもリクもまだ18くらいで、それでも暗部としての実力はピカイチらしい。
ま、それは認めるよ。
確かに2人とも凄い実力の持ち主だって事は、一緒に任務してみてわかったから。
だけどね。
悪口を言っていいって事にはならないデショ?
周りに誰もいなかったら、1発くらい殴り飛ばしてたかもね?
仮にも元暗部のこの俺が返り討ちなんて遭うワケないし。
聞こえてしまったのは、下忍の任務を終えて報告を済ませた後。
アスマと一緒に上忍待機所『人生色々』で一服してた時。
ソラとリクもそこにやって来て、少し離れた席に着いて。
俺とアスマの存在には気付いていないらしかった。
俺みたいな銀髪で、額当てをバンダナみたいな巻き方した蒼い瞳の青年がソラで、黒髪を無造作にひとつに結っている黒い瞳の青年がリク。
暗部の時に使う名前は単純に髪の色から付けてるみたいだ。
2人は小声でひそひそ会話をしてたんだけど、上忍の俺には聞こえてしまうレベルの音量で。
もちろん、俺の向かいに座ってるアスマにも聞こえていた。
ソラとリクがこの前一緒に組んだ暗部だって事にも気付いてるだろう。
「あいつは、人を好きになっちゃいけないんだよ。好きになる権利も、好かれる権利もないんだから」
「お前なぁ……器にされただけなんだから、罪はねーだろ」
「罪はないけどさ。生きてるだけで誰かを苦しめてるのは事実だし」
「それもあいつの罪じゃない」
「それでも俺は、あいつの存在が許せないんだよ」
「許せないっつってもなあ……俺はやっぱ、里の連中の方が許せないけどな」
苛々した口調のソラに、呆れたようなリク。
彼らの言う“あいつ”がナルトの事だなんて明白だった。
“器”なんてナルトしかいないんだから。
ねえ。
何でそうやってナルトを悪く言う訳?
それってお門違いだと思わない?
罪を犯したのは九尾の妖狐であって、リクが言ってるように、器にされたナルトには何の罪もないんだよ?
ナルト本人が望んだ事じゃない。
むしろ、器にさせられてしまったナルトは、一番の被害者なんだよ。
ソラも九尾のせいで大切な人を失ったりでもしたんだろうけどさ。
でもって、そのせいで苦しんでるんだろうけどさ。
それは九尾の罪であって、ナルトは何も悪くないじゃない。
俺だってさ、大切な親友や師匠を失ってるよ?
憎んでた時期だってあった。
だけど今はナルトを憎んだりはしてない。
憎いのは九尾で、器のナルトを憎むのは間違ってるって事、わかったからさ。
本来ならナルトは四代目以上の英雄として扱われるべきなのに。
九尾を封印した四代目火影は英雄で、器にされたナルトは九尾と同一視されて憎まれるなんて。
不条理も甚だしいでしょ。
でも、多いよね。
ナルト本人と九尾を同一視して憎む連中。
里の人間なんてほとんどそうだし。
忍の中にも、ソラみたいな奴はけっこういる。
ナルトをまるで九尾の生まれ変わりみたいに思っててさ。
九尾とナルトを同一視して憎んでる。
そうやって憎しみをぶつけて悲しみを紛らわせてんだろ?
そうでもしなきゃ悲しみを乗り越えられないような弱い奴らなんて、俺にとっては軽蔑の対象でしかないけどさ。
でも。
最近は憎しみ以外の感情で暴力を振るう奴の方が多い。
ストレス解消だったり。
日頃のうさ晴らしだったり。
むかついた時に目に入ったから、だったり。
そんなくだらない理由で俺の愛しい部下を傷つけるクズ共ばかり。
軽蔑するのも嫌になるくらいの、クズだよ。
ま、そういう奴らのほとんどは俺が半殺しにしてやってるけどね?
本当は殺してやりたいとこなんだけど、そんな事すると色々と面倒だし。
もしソラがそんな奴だったら、それでもってナルトに危害を加えるんなら、容赦なくぶっ飛ばすよ。
だけどナルトの事を話してるソラの顔は、憎悪じゃなくて苦悩に歪んでたんだ。
どうしてそんな顔してるのかわからなくてさ。
その時は何も言わず、ただアスマを見た。
アスマもソラのその表情を見て複雑な顔になってた。
確かにそんな顔になるのも無理はない。
大概の奴らはナルトを憎んでるか蔑んでるかのどっちかだ。
ナルトの事が話題に上っただけで、忌まわしい物を見ているような目つきになるんだ。
だけど。
ソラのナルトに対する感情はそういった憎悪の類ではないみたいで。
それでも、憎悪以上に根深い何かがあるような気がしないでもなくて。
わからない。
わからないけど、とりあえずナルトに危害を加える可能性は低いだろうと踏んだ。
本当なら半殺しにしてやりたいとこだけど、その苦悩の表情に免じて今回は許してやるかなって感じ?
俺やアスマがうだうだと考えてる間に、ソラとリクは席を立って出て行った。
訳わかんない奴らだな。
アスマを見ると、何やら真面目な顔で2人の出て行った出入り口を見つめていた。
「どうしたのさ」
「いや、リクの事なんだがな……」
「そっちかよ」
「あいつ、額当てを左腕に着けてたろ」
「ああ、そういえば」
「うちのシカマルもな、いつも左腕に着けてんだ」
「ふーん。それがどうかしたの?」
「いや、だからな。シカマルの奴、もしかしてリクの事知ってるんじゃないかって」
アスマは難しい顔で考え込む。
んな馬鹿な。
「何でそうなんのよ」
大体、暗部の連中は自分を暗部だと悟らせるような事はしない。
一応決まりがあるんだ。
誰にも自分が暗部だと知られてはならない。
だから暗部が周囲に顔を見せる時、それは大抵普通の忍として。
それでも、暗部の連中がここに来る事も滅多にないだろうし。
現に、ここにいる奴らの中でソラとリクが暗部だと知ってるのは俺とアスマくらいのもんだろう。
上忍の中にだって誰が暗部なのか知ってる奴はほとんどいないのに、下忍の連中が暗部にどんな奴がいるか知ってる訳ないじゃない。
そりゃ、シカマルが暗部に所属してるってんなら話は違ってくるけど、まあそれはないだろうしね。
俺がそれを言うと、アスマは唸った。
「でもなぁ……暗部とは知らずに、普通の上忍としてのリクと知り合ってる可能性はあるだろ」
どうやらアスマはリクとシカマルが知り合いだという疑惑を捨てられないらしい。
「そりゃあるけどさ、だから何なのよ?」
「リクに憧れてんのかな、とか思った訳だ」
アスマは腕組みをしてそう言う。
ああ、それで額当ての事を気にしてたのね。
憧れの上忍の当て方を真似たとでも思ってるんだ。
その可能性は……低いんじゃないかなあ?
だって、他の下忍ならともかく、あのシカマルだしね。
誰かに憧れてそいつの真似する以前に、憧れの人間すらいない気がするよ。
シカマルなら、誰かに憧れるのもめんどくせー、とか言いそうだよね。
「ま、それならそれでも問題はないんじゃないの?」
「まあな。問題は全然ねえよ」
うなずきながらも、アスマはまだ納得いかない顔だ。
さてはシカマルの事が好きなのか?
まさかアスマが男を好きになる訳ないか。
という訳で、俺はこれ以上の会話をするのを止める事にした。
だってアスマ、延々と考え込んじゃいそうだしさ。
そんなに悩むんならシカマルに訊けばいいのにね。
「俺そろそろ帰るわ。あいつらの話聞いてたら呑みに行く気失せた」
「そうか。じゃあ俺も帰るかな」
俺が立ち上がると、アスマもそう言って立ち上がる。
そして2人して『人生色々』を後にした。
すぐにアスマと別れた俺は、まっすぐ家に帰った。
ベッドにごろりと寝転がって、邪魔な額当てと覆面を外す。
ゆっくりと深呼吸してから、枕元に手を伸ばした。
そこにある写真立てを掴む。
俺と、俺の部下3人が写ってる写真。
こうして見ても、全然普通の子なのにね。
ただ九尾を腹に抱えてるってだけで、誰もこの子の心を知ろうとしない。
そこいらのガキよりもよっぽど純粋で真っ直ぐで、誰よりも人の痛みに敏感な子供。
ナルトが九尾の器じゃなかったら、きっと誰よりも愛されただろうにね。
いや、本当なら九尾の器のまま、英雄として愛されるべきなのに。
そこで、ふと考える。
ソラはどうしてナルトを嫌ってるんだろ?
ただ強いだけじゃ、暗部になんてなれない。
精神面だって相当強靭じゃなきゃやってられない任務ばかりだから。
肉体、精神両面において完璧な強さを持つ者。
ソラだってその1人の筈だ。
そんなソラに、ナルトの内面が理解できない筈がないのに。
それとも、そこまでナルトの事を知らないのか。
でもそうだとしたら、あの苦悩の表情は何だったのか。
いくら考えてもわからなかった。
あれから何度か上忍の任務をこなしたけど、ソラと一緒の任務になったのはあの時だけだった。
ソラとリク以外に、誰が暗部なのか俺にもわからない。
暗部と任務で組む事なんて滅多にないしね。
あの2人が暗部だって気付いたのも、一緒に任務したから。
それがなけりゃ、あそこで会っても普通の上忍だとしか思わなかっただろうね。
ま、別にそんな事どうでもいいんだけど。
ナルトに害がなきゃ、それでいい。
それでいいんだけど何故か気になるんだよね。
完璧な強さを誇る暗部の、暗部らしからぬ苦悩の顔。
暗部だって人間だ。
悩みも苦しみもするだろう。
それでも気になった。
任務の時は面をつけているから表情なんて読めなかったけど、淡々と暗殺任務をこなしていた。
それがどうだよ。
『人生色々』で見せたあの苦悩の表情。
そりゃまあ、暗部だって事を気付かれてる訳がないと思って気が緩んだだけかも知れないけどさ。
でも、それでも。
心底冷静という訳じゃなくて、冷静を装っているだけって気がしたから。
暗部だった頃の俺なんて、淡々と任務をこなすだけの空虚な人間だった。
師匠と親友を立て続けに失って。
危険度の高い任務ばかり引き受けて、死ねればいいなんて思いながら、それでも死ねなくて。
だけど生きる事に執着してる訳でもなくて。
無気力に生きて淡々と任務をこなすだけの毎日。
自分の意思と関係なく、変な肩書きだけが一人歩き。
『写輪眼のカカシ』『コピー忍者のカカシ』。
馬鹿馬鹿しい。
どちらも俺であって、俺じゃない。
ナルトの監視役の任務を言われた時も、最初は冗談じゃないって思った。
あの時の俺は、まだナルトを九尾と同一視して憎んでいたから。
大切な師匠を殺した九尾を腹に抱えてる奴のお守りなんて勘弁してよ、って。
それがどうだろう。
接する機会が増えれば増えるほど、癒されて、惹かれている自分に気付いて。
今では、この任務に就いて正解だったって思ってる。
三代目は俺の中にある空虚を知ってたんだろう。
そして俺とナルトを引き合わせた。
あの当時は呪ったけど、今は感謝してたりする。
ま、三代目本人にそれを言った事はないんだけどね。
ナルトの内面を知ってしまったら、絶対に嫌いにはなれない。
同情を誘うような事は決してしない。
決して誰にも頼らない。
誰にも自分の弱い部分を見せない。
1人で、本当に“独り”で強く真っ直ぐ生きてるナルト。
ソラの苦悩の表情は、ナルトの内面と関係があるような気がするんだよね。
九尾と同一視して憎むだけなら簡単。
内面を知る必要なんてないしね。
でも、内面を知ってしまったら。
強くて繊細で、自分よりも他人の痛みに敏感なその心を知ってしまったら。
自分が傷つくよりも仲間が傷つく事に痛みを感じる優しい子だとわかってしまったら。
憎む事なんてできなくなる。
それでも憎みたくて、やっぱり憎みきれなくて、苦悩してるのか。
俺なんかには理解できない、根深いものがあるのか。
やばい。
気になって気になって仕方ない。
考え込みすぎて眠れなくて、それでもいつも通りに起きて。
そしていつも通りに演習場の慰霊碑に祈りを捧げてから集合場所に行ってみると。
待ちくたびれた顔の3人に睨まれて。
「やー、諸君おはよう!今日は苦悩とは何たるかについて考えて……」
「「ハイ、嘘!!」」
いつものように言い訳をしようとすると、いつものようにナルトとサクラに突っ込まれて。
いや、あながち嘘でもないんだけどね……。
ほんと、苦悩について考えて苦悩してたし。
でも、ま、ナルトが元気そうで何より。
そして今日も、騒がしい1日が始まった。