「恋する気持ちは純白で」

(1)


「今日も任務頑張るってばよ〜!」
 ナルトは今日も元気良く家を出た。
 まだ下忍になって間もないため、大した任務はない。
 Dランク任務という名の雑用ばかり。
 それでもナルトは任務が大好きだった。
 任務に行けば、大好きなあの人に会えるから。
 いつだって顔のほとんどを隠している、自分の上司。
 眠そうな目つきに、本当に元暗部の上忍なのかと疑いたくなるくらいにやる気なさげな言動。
 任務には大抵2時間以上は遅刻してくるし。
 その言い訳は誰が聞いても嘘だとわかるものだし。
 飄々としていて、全然掴めないヒトなんだけど。
 それでも、ナルトはそんな上司が大好きで。
 だけど告白する気なんて全くなくて。
 彼は立派な大人で、自分はまだ子供で、それ以前に男同士だ。
 そして何より、それらを差し引いても告白できない大きな理由がある。
 12年前に里を壊滅に追い込んだ、九尾の妖狐。
 自分は、その九尾の器。
 里を壊滅に追い込み、彼の大切な人達の命を奪った忌まわしい九尾が、自分の腹の中にいるから。
 それ以外にも言えない秘密があって。
 言える事といえば、自分は人を好きになる権利も好かれる権利もない、という事。
 誰かを好きになるなんて許されない事。
 誰かに好かれたいと望むなんて、もっと許されない事。
 更に彼は、九尾を監視する任務も負っていて。
 九尾の封印が解けて、器と同化して復活するような事になれば、器ごと九尾を始末するのが彼の役目。
 彼にとっての自分は、おそらく単なる“九尾の器”でしかない。
 そんな彼を好きだなんて言えない。
 そんな彼に好かれたいなんて思ってもいけない。
 だから、今のままでいい。
 ただ、会えるだけでいい。
 少なくとも彼は、自分を憎しみの感情で見てはいないから。
 他の2人の仲間を見る時と同じように、穏やかな目で見てくれるから。
 それだけで幸せ。
 それ以上を望んじゃいけない。
 そんな気持ちを胸に、今日も任務へ行く。

 待ち合わせの場所にはまだ誰も来ていなくて。
 ナルトは少しだけ、いつもの自分に戻った。
 少しだけ冷めた表情で、空を見上げて大きく深呼吸。
 何があっても今日を元気に乗り切るための、心の準備。
 その内、サクラがやって来た。
「サクラちゃん、おはよー!」
 笑顔で元気に挨拶。
「おはようナルト。あんたいっつも元気ねえ」
「うん。俺ってば任務大好きだし!」
「任務って言ってもDランクじゃない。草むしりとか、薬草探しとかでしょ。忍者じゃなくてもできる仕事ばかりよね」
 サクラは元気一杯なナルトを見て、呆れたように目を細める。
 しかしそれもサスケが来た途端に満面の笑みに変わった。
 あれだけうんざりしていたのにサスケには“ねえサスケ君、今日はどんな任務かな〜”と、ハートマークでも飛んでいそうな口調で話しかける。
 サスケはいつもの調子で無視を決め込み、ちらりとナルトを見た。
 ナルトは何も言わず、サスケの視線を受け止める。
 何か言いたそうな目で見てくるサスケに、ナルトは口を尖らせて睨むが声には出さず“何だってばよ?”と視線で問うだけ。
 それに対してサスケは視線を逸らし、何も言わない。
 サスケはいつも、何かを言いたそうな目で見てくる。
 もしかして自分の秘密について何か勘付いているんじゃないか、と疑ってしまう。
 けれどナルトが問えばシニカルな笑みを浮かべて、その口から零れるのはドベだのウスラトンカチだの、悪態ばかりで。
 だけどそれは何かを誤魔化すために言っているのだと。
 任務で一緒に過ごす時間が増えてから気付いた。
 気付いたからどうなる訳でもなく。
 ナルトとサスケの関係は相変らずだった。
 口をきけば必ず喧嘩になり、それをサクラが止めるのが日常。
 他愛ない会話を交わしながら遅刻魔の上司を待つサクラとナルト。
 時折サクラが話題を振っても滅多に相手にしないで黙って待つサスケ。
 7班にとっては、任務前のいつもの光景。
 これも日常。

 カカシは当然のように2時間近く遅れて待ち合わせ場所に登場した。
 そして。
「いやぁ、今日は目覚まし時計の調子が――」
 いつもの調子でいつもの嘘八百な言い訳をしようとすると。
「「ハイ、嘘!!」」
 サクラとナルトが同時に突っ込みを入れる。
 サスケはいつものように、馬鹿にしたような顔でカカシを見やり。
 カカシはばつ悪げに頭をかきながら任務の内容を告げ、7班の任務は2時間遅れで開始となった。
 内容はやはり変わり映えのしないDランク任務で、ピクニックの時に失くしたペンダントを探すというものだ。
 依頼主はペンダント所有者の母親で、ペンダント所有者は6歳の女の子。
 5歳の誕生日プレゼントでもらった大切なものだから、どうしても見つけて欲しいと頼まれたらしい。
 一行はまず依頼主の自宅へ向かった。
 自宅からピクニックのコースを辿りながら探すらしい。
 ナルトは街に行くのが嫌だったが、行かない訳にもいかず。
 目立たないようにカカシの陰に隠れて歩いていた。
 1人だと間違いなく何らかの嫌がらせに遭うのだが、上忍のカカシがいるお陰なのか、そのような事はなかった。
 やがて依頼主の家に到着した。
 カカシが依頼主から詳しいコースを聞く間、ナルトはずっと塀の陰に隠れていた。
 依頼主が説明を終えて家の中に消えると、カカシは道端で待つ3人の所に戻って来る。
 そして今聞いた事を3人に説明した。
「何か質問は?」
「はい」
「何、サクラ」
「先生、依頼主と親しいんですか?」
「どうして?」
「だって、かなり砕けた口調で話してたから、親しいのかなって」
 サクラは素直に、興味津々の顔で疑問を口にする。
 ナルトもサスケも、その事には気付いていた。
「それって、任務とは関係ないんじゃないの?」
 カカシは苦笑に目を細めてサクラを見る。
「それはそうですけど。でも気になるじゃないですか。ね、サスケ君もナルトも気になってるでしょ?」
「別に」
 サスケは興味なさそうに。
「気になるってばよ」
 ナルトはサクラと同じく興味津々といった顔で。
 それを見たカカシは、ふう、とため息をついて肩をすくめた。
「ま、いいけどね。依頼主の弟がね、俺の同僚なの。だから依頼主とも面識あんのよ」
「って事は、依頼主の弟さんは上忍って事ですか」
「そ。これで親しそうに話してた理由わかったデショ。それじゃ出発」
 カカシはこれ以上話す気はないようで、そう言うとのんびり歩き出した。
 しっかり探しながら歩きなさいよ、と付け加えて。

 結局、道中にペンダントは落ちていなかった。
 誰かに拾われたのでなければ、ペンダントはこの先の丘にあるだろう。
 なだらかで広大な丘。
 ぽつぽつと大きな木が立ってはいるが、それ以外に視界を遮る物はない。
 草原に近かった。
「こんな広いとこから探すのかよっ。大事なモンならしまっとけってばよ!」
 ナルトが大きな声で叫んだ。
「大事な物だからいつも身に着けてたんじゃないの。あんた馬鹿ねえ」
 ナルトの言葉に、サクラは呆れたように肩をすくめる。
 サスケは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、何も言わず腕を組んだまま丘を眺めた。
「それじゃ、別れて探しなさいね」
 カカシはそう言うと、手頃な木の根元に陣取って愛読書の18禁本を開く。
 サクラとナルトは口を揃えて文句を言ったが、仕方なく探し始めた。
 どうせ手伝ってはくれないし、文句を言う暇があれば探した方が時間を無駄にしない。
 サスケはさっさと探し始めていた。
 広大なこの土地のどこかに落ちている、小さなペンダント。
 見付かるまでにどれだけの時間がかかるのか想像もつかない。
 それなのに依頼された捜索期間は今日1日のみ。
 依頼主は見付からないと思っているが、娘の落ち込みようが酷いので可哀想になって依頼したらしい。
 忍の人たちに探してもらっても見付からなければ娘も諦めるだろうから、という事だった。

 ペンダントは見付からないまま、昼休憩になった。
 3人はカカシのいる木の根元に集合し、それぞれ持参した弁当を広げる。
 サクラは女の子らしく、皆にあげるためにおかずを余分に用意していた。
 サスケはそれを受け取る事無く、1人背を向けて自分の弁当を食べる。
 ナルトは大いに喜んでおかずを分けてもらい、カカシもご相伴に預かった。
「で、皆どの辺りを探したの?」
 食べ終える頃を見計らってカカシが尋ねる。
 3人は自分が探した範囲を伝えた。
 カカシはそれにうなずいて、午後から探す場所を3人に指示する。
 どうやら3人が探していない場所を割り出し、午後の捜索が効率良くできるように考えたらしい。
 さすが腐っても上忍、とサスケが褒めているのかけなしているのか解らない事を言い、ナルトがそれに対して怒り、更にサクラがそんなナルトを叱り。
 午後の捜索が開始された。
 3人は再び別れて、カカシに指示された範囲を探す。
 しかし小さなペンダントは見付かる気配を見せなかった。
 夕暮れが迫り、3人は次第に焦ってくる。
 見付からなければそれでいいと依頼主は言ったが、見付からないという事は任務の失敗を意味する。
 責任感の強いサクラにはそれが我慢ならなかったし、任務大好きなナルトにしてみれば任務の失敗なんて耐え難い事。
 そしてプライドの高いサスケにとっても任務の失敗なんて許される事ではなくて。
 必死で草の根を分けて探すが、見付からない。
 もう少しで日が沈むという頃。
 夕日に染まる空を、巣に帰る鳥たちが飛んでいた。
 その鳥の中にはカラスもいる。
 ナルトはそれを見てはっとした。
「もしかしたらもしかするかも……」
 つぶやいて、カラスを目で追った。
 1羽のカラスが丘に立つ木の1本に飛来する。
 どうやらそこに巣があるらしい。
 ナルトはその木に向かった。
 そろそろ任務終了を告げようとしていたカカシがそれに気付く。
「ナルト?」
「カカシ先生、こっち来てっ」
 木登りをしながら、ナルトはカカシに手招きした。
 そして再び、慎重に木を登っていく。
「どうしたの」
「もしかしたらペンダントがあるかも知れないってばよ」
 そう言いながらナルトは枝に移り、そこに立ち上がった。
 カラスの巣はもう1段上の枝にあるらしい。
 危なっかしく体を揺らしながら、更によじ登る。
 そして見つけたカラスの巣を覗き込んで、ナルトは顔を綻ばせた。
 カラスの巣には、金銀に光る様々な金属類。
 その中に、キラキラ光る石のついたペンダント。
「あった!カカシ先生、見つけた!」
「へえ、カラスが盗ってたとはね」
 喜ぶナルトを見上げて、カカシは感心したように笑みを浮かべる。
「へへ。カラスは光る物を集める習性があるって、いつだかじっちゃんが言ってたってばよ」
 ナルトは得意げに笑うと、鼻をこすった。
「やるねぇ」
 カカシが褒めると。
 ナルトはへっへーんと笑みを浮かべて胸を張った。
「って、うわっ」
 その途端、足を滑らせて枝から落ちてしまう。
 カカシは難なくナルトを受け止め、その意外な軽さに驚いた。
 担当に決まった時に受け取った個人情報では、体重は40キロくらいとなっていた筈だ。
 しかし、今受け止めた感覚では、35キロもないかも知れない。
 派手なオレンジのジャケットのせいでわからなかったが、かなり華奢らしい。
 だがそれを顔には出さず、ナルトを地面に下ろす。
「まったく。肝心なとこでドベだねぇ」
 そして呆れたような口調でそう言いながら、ナルトの頭をぽんぽんと叩いた。
 ナルトは小さくお礼を言うと、困ったようにカカシを見る。
「ペンダント、まだ巣の中だってばよ」
「ま、いいでしょ。今回は大目に見てやるよ」
 カカシは苦笑すると、するりと木に登った。
 巣の中からペンダントを取り、音もなくナルトの目の前に着地する。
 サスケとサクラもやって来ていた。
「はい。依頼主にこれを届けたら任務完了ね」

 そして再びやって来た依頼主の家の前。
 今度は隠れる事はできない。
 カカシに促され、3人は依頼主の前に出た。
「この子がね、カラスの巣にあるのを見つけてくれたんですよ」
 カカシはそう言ってナルトの頭をぽんぽんと叩く。
 依頼主はナルトを見て、驚きに目を見開いた。
 ナルトは一瞬だけ痛々しげな顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて見せ。
「見つけたの俺だけど、触ってないから!だから安心していいってばよ」
「え?」
 依頼主はナルトの言葉に目を丸くした。
 カカシは言葉を失って黙り込む。
 サスケとサクラにはその状況が理解できなかった。
 しかし、以前の任務でナルトの手柄で揉めた事があったのを思い出す。
 あの時は、失くした鍵の捜索で。
 ナルトが鍵を見つけた。
 そしてカカシは今日と同じように「この子が見つけてくれたんです」と説明し。
 ナルトだと知った依頼主は手渡された鍵を投げ捨てた。
 “汚らわしい!お前の触った物なんて使えない!”
 そう言って、依頼主は鍵を拾う事無く家の中に消えたのだ。
 サスケもサクラも怒りに震えて抗議しようとしたのをカカシに止められ。
 当のナルトは何も言わずに、捨てられた鍵を見つめるだけだった。
 カカシもその事を思い出していた。
 あの時のような失敗は犯さないと決めていたのに、今回のこのていたらく。
 無駄にナルトを傷つけるような事になってしまった。
 カラスの巣から取らなかったのは、うっかりしていたからではなく、過去の経験から今回の展開を予想しての事だったのだろう。
 依頼主が同僚の姉だったから失念していた。
 彼らの親は九尾によって殺されたというのに。
 しかし。
「そんな事、気にしなくていいのに」
 依頼主はナルトを見て、悲しげに微笑んだ。
 ナルトは驚いて目を瞠る。
 今までこんな反応をした依頼主はいなかったから。
 どう返していいのかわからずカカシを見上げる。
 カカシは安心したように息をついて、ナルトの頭をくしゃりと撫でた。
 依頼主が膝を折ってナルトの前にしゃがみ込む。
「見つけてくれてありがとうね。娘にも言っておくわ。見つけてくれたのはナルトお兄ちゃんていう忍者さんよ、って」
 カカシと同じようにナルトの頭を撫でて、そう言った。
「あ、ありがと……」
 ナルトはうつむいて肩を震わせる。
 サクラとサスケは何も言わず、ナルトを見守っていた。




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