7月7日。七夕。
今日は俺、犬塚キバの誕生日だ。
でも里は今日から夏祭り週間とかで、どこを見ても七夕の飾りばっか。
祭りは嫌いじゃない。
ただ、祭りのせいで仲間たちみーんな俺の誕生日だって事を忘れてくれるんだよな。
そりゃあもう俺らは忍の一員だからさ、誕生日くらいでどうこう言うつもりはないんだけどよ。
別にプレゼントが欲しい訳じゃねえし。
それでも、誰も祝ってくれないってのも空しいんだよな。
プレゼントなんていらねーからさ、祭りのついででもいいからさ。
“そういえば今日ってキバの誕生日じゃなかったっけ?”
“んじゃ、お祝いにでも行ってやるかー”
そんな感じでいいからさ。
誰か言ってくんねーかな。
なんて事考えるのも空しいか……。
「あ、キバ。丁度良かった。夏祭り行こうよ」
仕方ないからぶらぶらしようと思って玄関を出ると、チョウジに出くわした。
珍しくお菓子を食ってない。
つーか、これから食いに行くんだろうけど。
「おう。いいぜ」
ま、こいつが俺の誕生日なんて知ってる訳ねーよな。
知ってても忘れてるよな。
別にいいけどさ。
俺はそんな内心なんて微塵も見せず、チョウジと連れ立って歩きだした。
夏祭りは里の中心が一番賑やかだ。
そういや、あいつの家は中心に近かったよな。
騒がしい奴だからもうとっくに祭り見物に行ってたりしてな。
「他の連中はどうしたんだ?」
俺とチョウジだけじゃ味気ないよなーなんて思って訊いてみた。
「みんなもう待ってると思うよ」
チョウジはのんびりと答える。
「待ってるって、どっかで待ち合わせでもしてんのか?」
「うん。みんなで待ち合わせて祭り見物するんだって」
「……あっそう」
やっぱみんな、俺の誕生日なんて忘れてるか。
いや、知らないのか。
だとしたら、あいつも知ってる訳ねーよな。
教えた事ないもんな。
皆で待ち合わせてるって事は、あいつも来るって事だよな。
いつからだろうな。
あいつから目が離せなくなったのって。
最初はただの悪戯好きな騒がしい奴だと思ってた。
ドベで落ちこぼれなんだって思ってた。
それが間違ってるって気付いてから……目が離せなくなってた。
あいつは里のほとんどの大人に嫌われてる。
ていうか憎まれてる。
それがどうしてなのか、俺達子供にはその理由が知らされてなかった。
いや、今でも知らされてないけどさ。
何か深い理由があって憎まれてるって事を、俺達はずっと知らなかった。
悪戯ばっかしてるから嫌われてるだけだと思ってた。
あいつが俺達の知らないところでどんな仕打ちを受けてたのか。
どんな言葉で罵られていたのか。
どんな目で見られていたのか。
全然知らなかった。
知ろうともしなかった。
でも今は違う。
そんな目に遭わされる原因はやっぱわかんねーままだけど。
悪戯ばっかするのも、バカ騒ぎするのも、能天気にゲラゲラ笑うのも。
そういうのを俺達に気付かせないための演技だって知ったから。
本当は誰よりも傷つきやすくて。
誰よりも繊細で。
誰よりも優しい奴だってわかってしまった。
自分が傷つく事よりも、仲間が傷つく事に心を痛める奴だって。
本当は自分が一番傷ついてんのに、笑顔でそれを悟らせない奴なんだ。
そんな奴だってわかってしまったら、気にせずにはいられない。
そう思ってんのは俺だけじゃないと思う。
同じ班のサスケとサクラはもちろん、他の班の連中もみんな、あいつがそういう奴だって気付いてる。
そして、気にかけてる。
マジ悔しいけど。
「あいつも来るのか?」
「あいつって、ナルトの事?」
俺が訊くとチョウジが振り向いた。
ナルトの事だってよくわかったな……なんてちょっと感心した。
「ああ」
「どうだろうね。シカマルかシノが誘いに行ったと思うけど」
「そっか」
「ナルトに来てほしいの?」
チョウジに訊かれて。
俺はちょっと焦った。
まさか俺の気持ちに気付いてるとは思わねーけどさ。
意外と鋭かったりするかもじゃん。
「いるとうるせーけど、いねーと物足りねーじゃん?」
ちょっと誤魔化すように言ってみた。
「そうだね」
チョウジはうんうんとうなずく。
とりあえず、気付かれてはいねーみてーだな。
こいつはナルトの事、どう思ってるんだろうな。
ただの同期か、普通に友達か。
俺と同じ気持ちだとやっかいだけどな。
だって俺はナルトの事、けっこう特別だと思ってるからさ。
そりゃあ、俺もあいつも男だけど。
男だってわかってても、特別なんだよな。
性別とかそんなん関係なく、惹かれたっていうか。
つーか、男に対してこんな感情持った時点で救われねーよな……。
当のナルトはサクラの事が好きみたいだし。
だからって簡単に諦める気はねーけど?
やがて待ち合わせの場所に到着した。
同期の下忍がほとんど集まってるみたいだ。
けど、あいつの姿はない。
まだ来てないのかとも思ったけど、誘いに行ったらしいシカマルとシノはいる。
何だか嫌な予感がした。
「よお」
俺の顔を見て、シカマルが片手を挙げる。
「おう」
「あれ?ナルトは来てないの?」
俺が言おうとしてた言葉をチョウジが言った。
「いや、誘ったんだけどな」
シカマルが苦い顔で答える。
何でだろう?
そう思って、すぐにナルトが来なかった理由に思い当たった。
夏祭りを見物するのは子供だけじゃない。
親子連れも大勢来る。
大人が大勢来るって事だ。
「なあ、あいつって、何で里の人間たちに嫌われてんだ?」
俺はみんなの顔を眺めながら、誰にともなく訊いた。
答えなんて返って来る訳ないんだけどよ。
誰も知らねーんだから。
「嫌われてるなんてもんじゃねーだろ。里の人間は明らかにナルトを憎んでるぜ。サスケ、サクラ。お前ら同じ班だろ?何も知らねえの?」
シカマルがサクラとサスケを見る。
サクラは黙って首を振り、サスケは悔しそうに舌打ちした。
2人とも知らないみたいだ。
そして、知らない事にいらついてる。
そりゃそうだろうな。
班の違う俺やシカマルだって同じ事思ってんだから。
「……ナルトが」
サクラがぽつりとつぶやいた。
全員が今度はサクラを見る。
「ナルトが私たちの誘いに乗らない理由ってね。自分が嫌な目に遭う事より、一緒にいる私たちが同じ目で見られるのが嫌だからなのよ」
「あいつ、自分が傷つけられるよりも、俺たちが同じ目で見られる事の方が耐えられねーんだろう」
サクラの後にサスケが続けた。
「ナルトは自分が憎まれてる理由を知ってて、そのせいで俺たちが嫌な目で見られないように、俺たちと距離を取ろうとしてるって事か」
シカマルがつぶやく。
「どうして俺たちはその理由を知らされてないんだ?」
俺は素直に疑問を口にした。
だっておかしいじゃねーか。
あいつは里の大人たちに憎まれてる。
そしてその理由を知ってる。
でも俺たちは、子供は、その理由を何一つ知らされてない。
「掟なんだって」
ヒナタが小さな声で言った。
「掟?」
俺は眉を寄せる。
「お父さんにね、訊いた事あるの。ナルト君はどうして里の人たちに憎まれてるの?って。そしたら、掟だから教えられないって言うの」
「俺も掟の事は聞いた事あるけどよ。納得いかねーよな。どんな掟だっつーの」
シカマルが小さく舌打ちした。
全員が黙り込む。
里の掟。
シカマルの話によると、俺たちが生まれた年に決められたらしい。
決して他言してはいけない掟。
それは、ナルトに関係あるらしい。
大人たちがナルトを嫌う理由は、その掟と関係あるという事。
里のほとんどの大人から憎しみを込めた目で見られても。
暴力を振るわれても。
抵抗もしないで、それどころかその事実を俺たち仲間に隠そうとするのも。
全ては掟が絡んでる事。
でも、俺たち子供が知る事ができるのはここまで。
「あいつが自分から話してくれるのを待つしかねーよな」
俺の出した結論に、皆黙ってうなずいた。
結局俺たちにはそれしかできる事がないんだよな。
待ってたって、話してはくれねーんだろうけど。
けど、訊いたってきっとあいつは答えねーだろうし。
適当に誤魔化して、笑顔を見せるんだろう。
悲しそうな笑顔をさ。
「ま、何にせよあいつは来ないって事だな」
俺はため息をついてそう言った。
いると騒がしくてうっとうしいのに、いないと寂しい。
おかしな話だよな。
みんなもそう思ってるらしい。
結局このメンバーで祭り見物って事か。
「それじゃあ、決まりだね」
その時、ずっと黙っていたチョウジが口を開いた。
「何が決まりなんだ?」
シカマルが訊く。
「これからお菓子買って、ナルトの家に行こうよ。ナルトが来ないんなら、ボクらが行けばいいって事だよ」
「そうね。ついでだから竹と短冊も持って行って、ナルトの家で七夕祭りしたらいいじゃない」
いのが名案とばかりに手を打った。
「うん、それ、私も賛成」
ヒナタが嬉しそうにうなずく。
シノも黙ってこくりとうなずいた。
サスケもサクラも賛成らしい。
シカマルはもちろん、俺も賛成だった。
賛成だったけど、複雑なんだよな。
だって、全員が夏祭りよりもナルトを選んだって事はさ。
女子3人が食い物を調達に行って、俺たち男は竹と短冊の用意をする事になった。
幸い、町中に七夕の飾りがついた竹が立ててあるから、人目を盗んで数本の枝を折るのは簡単だった。
ナルトの部屋に飾れるように、手ごろな所で枝を折る。
その後短冊を買って再び待ち合わせの場所に戻ると、食い物を調達した女子3人が待っていた。
イカ焼きに焼きトウモロコシに焼きソバにりんご飴。そして綿飴。どれもあいつの喜びそうなモノ。
そして俺たちはぞろぞろとナルトの家に向かった。
俺たちを出迎えたナルトは、状況が飲み込めないようで目をぱちくりさせていた。
「だーかーらー、あんたが祭りに来ないからこうやって私たちが来てるんじゃないの」
いのがそう言ってナルトを小突く。
そしてさっさとナルトの部屋に踏み込んで行った。
こういう時、女ってすげえよな。
「何で?俺の事なんか気にしないで祭り行けばいいのに」
ナルトは何で俺たちが来たのか、理解できない様子でつぶやく。
そうそう、お前はいつもそうやって自分を卑下するよな。
何かと言うと“俺なんか”ってさ。
ムカつくぜ。
お前にじゃなくって、お前をそんなふうにしちまった環境にさ。
虐げられるのが当たり前になっちまってる環境。
壊したい。
そんな環境ぶっ壊して、こいつがもっと笑える環境を作ってやりたい。
それで、自分を卑下しなくてもいいんだって、わからせてやりたい。
こんな風に思うのは、俺だけじゃねえと思う。
「ナルトがいないと味気ないからな」
シノが静かに言った。
いつも無表情なシノだけど、ナルトの前では柔らかい雰囲気になるの、知ってんだぜ。
「ま、めんどくせーけどそういうこった」
シカマルが面倒臭そうな顔で言う。
口ではそんな事言ってても、本当は面倒臭がってなんかいねーって事、知ってるし。
「お菓子は大勢で食べた方がおいしいと思うよ。分け前は減っちゃうけどね」
チョウジはいつも食ってる菓子、ナルトにはお裾分けしてるよな。
新製品出たらすぐに教え合ってるし。
ヒナタはいつだってナルトの事ばっかだし。
いのなんてサスケバカだと思わせておきながら、実はナルトとガーデニングの話すんのが楽しみなんだろ?
サスケなんて、傍から見りゃ典型的な“好きな子ほど虐めたい”奴じゃん。
当のナルトは気付いてねーみてえだけどな。
まあ、教えてやる気もねえけど。
サクラは正真正銘サスケバカだけど、ナルトの事は弟みたいに感じてるみてえだし。
そして俺。
やっぱナルトの事。
そうだな、好きってやつだ。
改めてそう思いながらナルトを見る。
ナルトは目を真ん丸くして俺たちを眺めていた。
やがて我に返ったのか。
少しだけ照れたような、困ったような顔になって。
「皆、変だってばよ……」
小さくつぶやいた。
「いいんだよ、変でも何でも」
俺はそう言ってナルトの頭をがしがしと撫でる。
思ったより柔らかい髪が、電灯の光を反射して煌めいた。
持って来た竹に、適当に書いた短冊をつけて。
1人1枚なんて事はなくて、皆何枚も書いた。
けど俺は1枚だけ。しかも無記名で書いた。
恥ずかしい告白を。
その後は皆でわいわいと宴会みたいな騒ぎになって。
持ち寄った食い物も全部たいらげて。
俺の誕生日は相変らず忘れ去られてたけど。
ナルトが楽しそうにしてたからよしとするか。
そのうち女どもが帰って行って。
日付が変わらない内にお開きになった。
シノが帰って行き。
シカマルとチョウジが帰って行って。
最後に俺と赤丸が残った。
「楽しかったか?」
「うん。ありがとってばよ」
俺が訊くと、ナルトは嬉しそうに笑った。
いつもの、元気なだけの、仮面のような笑顔じゃなくって。
ふんわりと柔らかな笑顔で。
顔に血が上るのが自分でわかった。
ナルトは少しうつむいていたから見られてねーだろうけど。
「んじゃ、俺も帰るわ」
赤丸を頭の上に乗っけて、玄関へ向かう。
「あ、キバっ」
「ん?」
「これ、やるってばよ」
ナルトが差し出したのは、竹。
俺たちが持って来た中の1本だ。
まあ、何本も持ってたってナルトも困るだろうしな。
俺はナルトの差し出すそれを受け取って、ナルトの家を後にした。
帰る道すがら、短冊を1枚づつ読んでみる。
チョウジの書いた短冊には“焼肉食べたい”と一言。
他にはシノやシカマルが書いたものもあった。
そして。
ナルトが書いた短冊もあって。
それには“誕生日おめでとう、キバ。俺も好き”と書いてあった。
「マジかよっ」
俺はくるりときびすを返してナルトの家に逆戻りする。
何で俺の誕生日、一番知らなそうなナルトが知ってんだ。
それと。
どうして、アレが俺だってバレたんだ。
そう思いながらナルトの家のドアを叩く。
しばらくしてナルトが顔を出した。
「どうした?忘れ物でもしたか?」
そしてきょとんとした顔で訊いてくる。
「これ」
俺はナルトの書いた短冊を見せた。
途端に顔を真っ赤にするナルト。
「あ、だって、キバの短冊に俺の事が好きだって書いてあったから・・・俺もキバの事は好きだし」
ナルトは不安そうな顔で俺を見る。
何で不安そうな顔してんだよ。
俺が気になってるのは、何で無記名の短冊が俺のだってわかったのか。
その事を訊いたら、ナルトは得意げな笑みを浮かべた。
「他の短冊はみんな名前書いてあったってばよ。けどさ、キバの名前だけなかったから、あれはキバが書いたんだろうなって」
「……俺は馬鹿か」
がくりと肩を落とした。
けど。
何でか笑いが込み上げてくる。
「んじゃ、改めて言うわ。俺はナルトが好きだ」
俺は顔を上げて、ナルトを見つめた。
「んじゃ、俺も改めて言うってばよ。誕生日おめでとう。あと、俺もキバの事好きだってばよ」
ナルトは笑顔でそう言う。
嬉しいんだけど。
けどなあ、どうせナルトの“好き”は仲間としてとか、友達としての好きなんだろうな……。
きっと“イルカ先生大好きー!”と同類か、それ以下か。
まあ、好きって言ってくれてんだし、今はそれで我慢しとくか。
「ありがとな」
俺はそう言うと、再び帰路についた。
「あ、ちょっと待って」
ナルトが呼び止めて、俺を追いかけてくる。
そして。
振り向いた俺に抱きついて。
顔が近付いたと思ったら、唇に柔らかくて温かいものが押し付けられた。
それはすぐに離れたけど。
柔らかくて温かい感触は唇に残ったままで。
顔だけじゃなく、耳まで真っ赤になった俺は。
同じく耳まで真っ赤にしたナルトを見つめた。
「えっと、俺ってば、キバの事……こういう意味で好きだってばよ。迷惑かも知んねーけど」
ナルトは困ったような顔でぼそぼそと言う。
俺はそんなナルトをつい抱き締めていた。
見た目よりも細い体に、少し驚く。
「キバ?」
ナルトの戸惑ったような声。
「迷惑な訳ねえっての。離せって言っても、離さねえからな」
俺はナルトを抱き締めたまま、耳元でそう言った。
ナルトの体がぴくっと震える。
そして顔を上げたナルトは、満面の笑みを浮かべていて。
それはこれまでに見た事もないような、心底幸せそうな笑顔で。
見ているだけでこっちまで幸せな気分になった。
「離れろって言っても離れてやんねーってばよ」
止めを刺すナルトの言葉に。
俺はさっきよりも更に幸せな気分になった。
だってさ、奇跡みてーなもんじゃん?
ずっと片想い、絶対に叶わないと思ってたんだぜ?
それが、ナルトも俺の事好きで。
友達としてじゃなくって、ちゃんと特別な感情で。
マジ、嬉しすぎてどうにかなりそう。
終わってみれば、今までで一番幸せな誕生日だった。
終。