「空気」


「カカシ先生」
「ん〜?」
「俺ってば先生にとって、どんな存在?」
 任務からの帰り道、繋いだ手の温もりを感じて穏やかな気分になっていた時の事。
 唐突に、金色の愛しい子供が訊いてきた。
 どんな存在って言われてもねぇ。
 簡単には言えないよ?
 それに、言ったらこの関係が壊れてしまうかも知れないから、怖くてはっきりとは伝えられないし。
 だってね、ナルト。
 ナルトは俺の事、先生として好きなんだよね?
 それってさ、イルカ先生と同じ種類の好きって事デショ?
 そんなナルトに、俺の気持ちなんて言える訳ないじゃない?
 俺の気持ちは、イルカ先生がお前に対して抱いてる気持ちとは全然違うからね。
 でも、まだナルトにはそれがどんな種類のものかわかんないじゃない?
 だから少しだけ考えて。
「ん〜、空気みたいな存在?」
 のんびりそう答えると。
 繋いだ手がぴくりと震えた。
 そしていきなり立ち止まる。
「どうした?」
 俺も立ち止まって、屈んで愛しい子供と視線を合わせると。
 あれ?
 子供の空色の瞳には透明な水の膜。
 段々と量を増して、今にも零れそう。
 俺はどうしてかわからずに焦る。
 あの表現がまずかった?
 何をどう勘違いしたのか、子供はどう見ても悲しみに震えていて。
「何?どうした?先生何かまずい事言ったか?」
 慌てて訊くと。
 子供はふるふると震えながら涙を堪えて。
「空気……って、俺の事なんか、目に入ってないって事?」
 涙を必死で堪えながら、子供は俺を真っ直ぐ見詰める。
 ああ。
 そんな勘違いしてたのね。
 確かに空気は見えないけどね。
 毎日毎日、任務の後はこうやって一緒に帰ってるのに。
 イルカ先生に負けず劣らず、ラーメンだって奢ってやってるのに。
 大嫌いな野菜も克服してほしくて、ちょこちょこ届けてるのに。
 どうしてこの子は。
 なんて思うけど、他人から向けられる好意にはとことん鈍いこの子にとっては仕方のない事。
 先生が悪かったよ。
 色んな想いを込めて、ふわふわの金色をぽんぽんと叩く。
「ナールト。それは違うよ?」
「へ?」
「空気ってね、すっごく大事なの。わかる?」
「わかるってばよ。空気がないと死んじゃうもん」
「でしょ?空気がなきゃ、人は生きていけないデショ?だからナルトは、俺にとって空気と同じくらい大事ってコト」
 噛んで含めるようにゆっくりと伝える。
 こんな告白で、俺がこの子に対して持っている感情がどんな種類のものか知られる事はないと思うけど。
 だってナルトはこういう感情には鈍いものね。
 気付いてほしいと思う気持ちと、気付いてほしくないって気持ちが半々。
 この言葉を、この子はどう捉えるんだろうね。
 そんな事を思っていると、子供は、それこそ太陽みたいな眩しい笑みを浮かべて。
「だったら、カカシ先生も俺にとっては空気だってばよ!」
 そう言って俺にしがみつく。
 やれやれ。
 どこまでわかって言ってんのかね、この子は。
 でも、愛しい。
 大切な師匠を失って、壊れかけていた心を癒してくれた子供。
 やっぱり、お前は俺の空気だよ。
 お前がいなくちゃ生きていけない。
 ま、空気と決定的に違うのは、抱き締めてキスなんかできちゃうとこ?
 そんな事を思いながらそれを実行に移したら。
 愛しい子供は茹で上がった蛸のように真っ赤な顔になって硬直した。
 キスされて真っ赤になったのか、口布とった俺の素顔見て真っ赤になったのか。
 それとも両方なのか、それはわかんなかったけど。
 俺の気持ちがどんな種類のものか理解してくれるのも、そう遠くはないかな?

 終。



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